家族の経験

Aさんの場合

 肺がんで手術をうけ集中治療室に入室した家族の場合(当時30歳代の男性 長男)

 母ががんであると診断を受けたことは電話で本人から連絡を受けました。最初は驚きましたが、本人が思ったより治療に前向きであったため手術をすることについてできるサポートをしようと思いました。今回の手術は肺の葉切除の予定でしたのでこれが原因で悪化するとはあまり考えていませんでした。しかし、場合によっては片肺を全摘しなければいけない場合も聞き、手術の後に患者が生活していけるかは心配しました。また、肺がんの生存率や治療後に化学療法もあったため、手術後に1人で生活できなくなったり一気に弱ってしまうかもしれないという心配がありました。しかし、家族の中で医療従事者もいたため医師からの説明を聞き、分からないことを解決しながら患者のサポートができたと思っています。母とも率直に話ができるので、本人の辛さを聞いたり家族の心配を伝えたりしながら乗り越えました。

Bさんの場合

 脳梗塞で緊急入院し集中治療室に入室した家族の場合(当時60歳代の女性 妻)

 夫が救急車で病院に運ばれたことを病院からの連絡で聞き、大変動揺しました。私には子供が2人いますが、2人とも遠方に住んでいたため入院当初は自分1人で対処しなければならず非常にストレスを感じていました。また、夫は集中治療室に入院した後も2回新たに脳梗塞を起こしました。入院して治療しているのになんで脳梗塞になるの?と医師からの説明になかなか理解できず混乱していました。医師から説明を聞いているその時はなんとなく理解しているつもりなのですが、帰宅した後に自分の子供に病状を伝えたりするときに、何も覚えていなくて・・・「一体何を聞いてきたの?」って怒られていました。家に1人でいると、夫が死んでしまうかもしれない、生きていても意識障害が残って寝たきりになったらどうしたらいいのか、自分1人で生活していけるのだろうかと悪いことばかり考えて夜も眠れませんでした。子供が家に帰省したり、夫が回復して行くことで少しづつ自分の気持ちを立て直しました。夫が退院してから、2人で今後の人生のことや受けたい治療について話す機会を持ちました。今までは延命はしたくないね、と話はしていましたが、これまで以上にどういう状態になったら嫌とか、こういう治療は受けたくないという具体的なところまで2人で話せるようになりました。

Cさんの場合

 心停止後に緊急で集中治療室に入室(当時50歳代の女性 長女)

 父とは別居しているので、病院から連絡があった時は驚きました。また、心停止で運ばれたと聞き、父が亡くなってしまうことも考えました。父は「延命治療はしないよ」と話していたのは記憶していました。私は唯一の身内でしたので、父の今後の治療について医師から説明され、治療の意思決定をするように伝えられた時正直どのように判断していいのかわかりませんでしたし、自分が判断することへのプレッシャーがありました。医師からは、意識のない父が心臓の手術をするかどうかを決めてほしいと言われました。私はこれに同意して良いか自分で判断できず、叔父にも相談しました。叔父は「手術を受けるということ自体は延命ではないんじゃないか、私も一緒に(決定したことに」責任を取るよ。」と言ってくれ、叔父と医師と再度話して父の手術に同意しました。

 父の手術は無事に終わりましたが、その後しばらく療養生活は続きました。しかし、今では1人で生活ができるところまでになりました。でももし、手術を受けてうまくいかなかったらどう感じただろうなあとは今でも思っています。